小針 統

黒潮流域で強化される乱流が低次生態系に与える影響

研究概要

黒潮は、世界的にも貧栄養で生物生産が低い海域とされてきました。しかし、我が国の水産資源を支える回遊性魚介類は、黒潮流域で産卵・索餌回遊します。飢餓に弱く死亡率が高い仔稚魚にとって、これはリスキーな生活史戦略であるはずなのに、なぜこのような個体群が自然淘汰されてきたのでしょうか?この矛盾は、黒潮パラドックスと呼ばれています。

近年の研究成果によると、大陸斜面や島嶼域を流れる黒潮には、ガルフストリームとは異なる黒潮独自の物理現象が起ることが示されています。特に、トカラ海域で発生する乱流混合や島陰効果はその1つであり、外洋域で測定されたものよりも大きいとされています。これらの物理現象は黒潮下流域のプランクトン生産力を向上させる効果があると考えられますが、これに関する観測データ解析や実験的検証は未だ行われていません。

本研究では、黒潮流域で強化される乱流が低次生態系に与える影響を評価することを目的とし、次の課題に取り組みます。

 

課題1:トカラ海域の乱流に伴う硝酸塩フラックス規模の解明

トカラ海峡上流域~下流域に設定した観測点でのラグランジュ観測により、乱流とそれに伴う硝酸塩フラックスを実測し、硝酸塩フラックスの規模と高い地域を明らかにします。

 

課題2:乱流に伴う栄養塩供給がプランクトン群集に与える影響の現場評価

船舶観測および植物・動物プランクトン試料採取を行い、トカラ海峡上流域~下流域でのプランクトン現存量・生産力・群集構造の変化を明らかにします。

 

課題3:栄養塩供給によるプランクトン群集への影響の実験的検証

乱流・硝酸塩観測に基づいた栄養塩添加培養実験を行い、硝酸塩濃度に伴うプランクトン現存量・群集構造・速度過程の変化を明らかにします。

 これらの課題から、トカラ海域で強化される乱流混合が表層にどれくらいの栄養塩供給をもたらし、プランクトン群集構造・生産力に対してどのような影響を与えるのかについて、明らかされるはずです。これは、乱流に伴う栄養塩供給が黒潮生態系の低次生産を向上させ、更には魚類仔魚によい餌料環境を提供していることを示すことになり、黒潮パラドックスを解くためのブレークスルーとなることが期待されます。また、本研究の成果によって、これまで貧栄養とされてきた黒潮は、「海の砂漠」ではなく「魚を育む海」というパラダイムシフトをもたらすと思われます。

 



研究代表者:

小針 統  鹿児島大学水産学部水圏科学分野 准教授

  • http://www.fish.kagoshima-u.ac.jp/aqua/

 

 

 


研究協力者:中村啓彦 鹿児島大学水産学部 水圏科学分野

研究協力者:長谷川大介 国立研究開発法人水産研究・教育機構 東北区水産研究所

研究協力者:長井健容 東京海洋大学 海洋環境科学部門

研究協力者:吉江直樹 愛媛大学 沿岸環境科学研究センター 環境動態解析部門