長井 健容

沖縄トラフ・トカラ海峡等、黒潮上流域で高鉛直波数近慣性波シアに伴う乱流が卓越するメカニズムの解明

研究概要

 黒潮は、フィリピン沖を起点として台湾の東岸、沖縄トラフ、九州南岸にあるトカラ海峡を流れたのちに、本州南岸に達します。その幅はおおよそ100kmで、膨大な量の熱と物質を南から北へ運び、北太平洋の気象に多大な影響を及ぼすことが知られています。人工衛星で春に取得した日本周辺の海面水温には、周りよりも暖かい筋状の流れとして、北太平洋西岸を流れる黒潮をはっきりと確認することができます。この筋状の流れは、あたかも生物の血流のように見えるため、黒潮が海洋生態系を支える重要な血管のような役割を担っていることを連想させます。ところが、黒潮の表層の海水は、栄養が少なく、海洋で光合成を行い海洋生態系の基盤を成す植物プランクトンが殆どいないことが知られています。黒潮は栄養を運ばないただの暖かくて塩辛い海流なのでしょうか。一方、近年の研究は、光の届かない亜表層では、表層とは異なり、黒潮は膨大な量の栄養を南から北へ運ぶ栄養豊かな海流であることが明らかとなりつつあります。しかし光が届かない深さですので、このままでは植物プランクトンが、その成長にこの栄養を利用することができません。

 この黒潮の亜表層に豊富な栄養を光が届く深さまで持ってくることができる現象には、乱流に伴う海水の縦方向の混合を挙げることができます。乱流は、難しそうに聞こえますが、皆さんの日常の生活にたくさん見ることができます。例えば、コーヒーに砂糖やクリームを入れてスプーンでかき混ぜる時にできるぐちゃぐちゃな流れも乱流です。あるいは、上の方だけ熱くなったお風呂のお湯を洗面器で上下にかき混ぜる時にできる流れも乱流です。また、皆さんが歩いたり走ったりするその背後には、乱流に伴う空気の渦がたくさん生成されています。このような乱流は三次元の大小の渦からなり、大きな渦は小さな渦に砕けていきます。この過程で、流体はかき混ぜられ、お風呂のお湯であれば上下のお湯の温度が一様になり、またコーヒーに入れたクリームも一様な濃度で拡散します。

 九州南岸を流れる黒潮は、そこで必ずトカラ海峡を通らなければなりません。トカラ海峡には多くの海山が存在しており、その流れが海山などの海底地形上を流れる時には、海洋内部を伝わる波や乱流混合を発生させることが期待できます(Figure 1)。この乱流は黒潮亜表層で発生するため、必然的に黒潮亜表層で豊富な栄養を光が届く深さまで拡散することが推察できます。したがって、黒潮亜表層で発生する乱流混合は、海水を混合するだけでなく栄養を表層へ供給し、植物プランクトンや動物プランクトンの増殖や、それらを食べる魚類を支える重要なプロセスであると言うことができます。

 この黒潮上流域であるトカラ海峡での近年の流れの観測結果は、縦方向の波長が著しく短く、周期が1日程度の長い周期の内部波に伴う帯状の流速分布が卓越してこの海域で観測されることを示しています。このような長周期の内部波は、近慣性内部波と呼ばれ、それが大きな流速の鉛直勾配を持つことからこの海域の海水混合に寄与する可能性を示唆します。しかし、これまでこの海域で乱流を直接測定した例は非常に少なく、実際にどのように乱流が発生しているかは不明でした。一方、研究代表者(長井)らは、平成28-29までの本新学術領域の前回の公募研究「黒潮源流が陸棚縁で生成する近慣性内部波と躍層での鉛直混合メカニズムの解明」において、トカラ海峡において自由落下曳航式に乱流を鉛直断面的に観測することに成功しました(Photo 1)。この観測手法によって、これまで水平的に低解像度でしか観測できなかった乱流の強さを、水平1km程度の高解像度で測定することを可能にしました。2016年11月にトカラ海峡で実施した観測の結果、振幅の大きな近慣性内部波に伴う流速鉛直勾配と強乱流層が共に鉛直波長が100m程度と短い、短鉛直波長の帯状構造を数10kmの水平規模形成し、近慣性内部波が海域で強い乱流混合を発生させていることが初めて明らかになりました(Figure 2)。しかしながら、この海域で何故鉛直波長が短い近慣性内部波が卓越して発生するのかは、現在まで明らかではありません。そこで本研究では、(1)海域の何処でどの様に鉛直波長が短い近慣性内部波が発生しているのか、(2)発生した近慣性内部波は主に何処で散逸・消失するのか、(3)発生・伝播・散逸に黒潮は関与するのか、(4)発生した近慣性内部波シアに伴う鉛直混合によって期待される水塊の変質、栄養塩拡散への寄与について明らかにすることを目的として、数値モデルと現場観測を用いた研究を実施しています。

Fig1: (右)トカラ海峡の海底地形と観測線。(上段)観測した水平流速の鉛直勾配。(下段)観測した乱流運動エネルギー散逸率

自由落下曳航式乱流計測装置(Underway-VMP)

Fig 2.海山上を黒潮が流れる際に発生する内部波や乱流、渦の模式図

 

 

 

 

 

 


 

研究代表者:

長井健容

東京海洋大学海洋環境学部門 助教 海洋物理学

http://www.takeyoshi.net

 

 

 


 

連携研究者:

井上龍一郎

海洋研究開発機構 主任研究員 海洋物理学

http://www.jamstec.go.jp/souran/html/Ryuichiro_Inoue003220-j.html

 

 


 

連携研究者:

中村啓彦

鹿児島大学水産学部 准教授 海洋物理学

http://www.fish.kagoshima-u.ac.jp/aqua/staff/nakamura/nakamura.html