領域研究概要詳細版

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 海洋の大循環は北大西洋高緯度での深層水の沈み込みから始まります。北大西洋深層水は大西洋を緑の帯に沿って南下し、南大洋を東向きに流れ、南極周辺で変質して、太平洋深層水となり、太平洋を北上し、湧昇し、その後表層を大西洋に向かって戻ってゆくと考えられています。深層水が形成されず、深層循環の終着点にあたる北太平洋では、深層水が湧昇しますが、その湧昇についての実態はほとんどわかっていません。

 

 

 

 

 

 

 

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 北太平洋での深層水の湧昇のメカニズムについて説明します。潮の満ち引きで生じる潮汐流等が海底の凸凹にあたりますと内部波と呼ばれる波が発生します。この波の振幅が大きくなり、波が砕けると乱流と呼ばれる微小な渦が発生し、上下に海水を混合します。この鉛直混合は表層から熱を下向きに伝え、深層水を軽くし、湧昇を維持します。この時の熱輸送は、大気との熱交換を通じて気候にも影響します。ここで問題になるのは、乱流鉛直混合の強さや分布及び発生機構はわかっておらず、そのために深層水の湧昇の実態がわからないことです。現在でも海洋規模での乱流シミュレーションは難しく、IPCC等のモデルにも組み込まれておらず、現存するモデルでの熱輸送は正しくない可能性が高いのです。本新学術では、鉛直混合を観測することによって、北太平洋での鉛直混合の実態と深層水と熱の鉛直循環を明らかにすることに挑戦します。

 

 

 

 

 

 

 

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鉛直混合は栄養塩の鉛直輸送を通じて生物生産や炭素循環に影響します。深層循環の終着点にあたる北太平洋の中深層では栄養塩が蓄積されて濃度が高くなっています。ここに鉛直混合が作用することにより、高濃度の栄養塩を巻き上げ、表層に栄養塩を供給します。光があたると海水中の栄養塩や炭素を使って植物プランクトンが増殖します。ここで炭素が海水から除かれる代わりに、大気から炭酸ガスが海洋に吸収されます。プランクトンの死骸やフンは生物粒子となって落下し、中深層で分解されて栄養塩が海水に戻ります。問題は、鉛直混合の実態がわかっていないために、栄養塩の湧昇の分布や量の実態がわからないことです。鉛直混合は、栄養塩等の物質や熱を、密度差を越えて、上下に輸送する唯一の機構であり、生物生産や生物による炭酸ガス吸収を定量化するには、鉛直混合の実態を知る必要があります。

 

 

 

 

 

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この図は、海洋の生物生産による炭酸ガスの吸収量の分布を表しています。西部北太平洋特に日本周辺海域は、世界最大の生物による炭酸ガス吸収海域となっています。また、日本周辺海域は6%の面積で全世界の26%の漁獲量を挙げる、世界でも有数の豊かな生物生産を誇る海域です。本新学術では、西部北太平洋における鉛直混合の実態を明らかにすることを通じて、海の恵みと言える豊かな水産資源や炭酸ガス吸収を支える高い生物生産が、どのように維持されているのか、豊かな海のめぐみをもたらす仕組みを明らかにすることに挑戦します。

 

 

 

 

 

 

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日本周辺海域での豊かな海の恵みは長周期で変動しています。例えば紅鮭の資源密度は、約20年周期で大きく変動しています。このような水産資源の長周期変動は、気候変動と連動していると考えられていますが、現場の海洋環境との関係は未解明です。太平洋の長期変動は、太平洋10年規模変動、Pacific Decadal Oscillation PDOと呼ばれる変動パターンで良く表されることが知られています。PDOには、約20年周期の変動が含まれており、紅鮭の漁獲のピークは、PDOの極大パターンに対応しています。

 

 

 

 

 

 

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 このような気候や水産資源の長周期変動は、鉛直混合の変動によって引き起こされている可能性があります。鉛直混合の長周期変動は、潮汐の18.6年周期振動によって引き起こされます。この潮汐18.6年振動では、月の公転軌道が18.6年周期で振動することで、1日周期の潮汐力の振幅が約2割変動します。千島列島の海峡部では、強い日周潮汐流に伴う鉛直混合によって、下層の冷水が海面に現れる海域です。海峡を横切る潮流の数値シミュレーションを行うと、潮汐流が海峡を横切る際に、大きな鉛直混合が生じ、海水が上下に激しく混じり合うことが示されます。このような大きな潮汐混合が18.6年周期で2割も変動すれば、顕著な変動を引き起こす可能性があります。実際、千島列島海峡部の下流に位置する北海道沖の親潮の中層水には、酸素濃度のきれいな18.6年周期変動が見られ、同様の変動が北太平洋亜寒帯海域全域にみられることが知られています。さらに、さきほど述べたPDO等気候変動や水産資源の約20年周期の変動にも、18.6年振動が影響している可能性が高いのです。本新学術では、潮汐18.6年周期鉛直混合変動と海洋・気候・水産資源の長周期変動とのつながりをあきらかにすることに挑戦します。

 

 

 

 

 

 

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ここで、本新学術で取り組む課題の鍵となる、鉛直混合の観測の現状について説明いたします。鉛直混合の観測では、数ミリの微小な海水の動きを検知するための特別な観測装置を使用し、観測に手間と時間がかかるため、観測データが圧倒的に不足しています。この図は、この10年間に取得された1000m以上の観測点の位置を表していますが、数えるばかりです。

 

 

 

 

 

 

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 本新学術では、新しく開発しつつある観測システムを導入して中深層の鉛直混合の観測データを収集します。現在開発中の高速で水温の微小な変化を検知する手法を実用化し、それを通常の海洋観測装置に取り付け、あらゆる調査船で鉛直混合を観測できる体制を整えます。昨年前倒しで観測を行い、海底まで太平洋を横断する観測データを取得しました。この図にありますように、海底から1000mまでと、海山付近や海底の起伏の大きい場所で約2桁大きな鉛直混合が示唆される等、場所によって大きく変化しているのが見て取れます。鉛直混合と同時に測定された水温や栄養塩データを用いると、上下方向の熱輸送や栄養塩輸送を定量化することができ、鉛直混合の強度がこれらの輸送に強くかかわっていることが見て取れます。今後、この観測手法を実用化し、海洋定線観測網を利用することで、深層に至る観測を広域で展開することができます。一方、大きな鉛直混合の存在が予想されている、親潮や黒潮およびその源流域や縁辺海は、定線観測網ではカバーしきれません。

 

 

 

 

 

 

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そこで、鉛直混合のホットスポットである可能性が高く、日本に海の恵みをもたらす親潮や黒潮とその源流域については、特別に、生物・化学・混合の集中的な現場観測を行い、鉛直混合が供給する栄養塩が海の恵みを支えているかどうか、定量的に検証します。この海域はロシアや中国など隣国との境界域を含みますが、これまで培ってきた国際共同研究を発展させ、国境を越えた観測をおこないます。また、水中を自動昇降する装置や生物粒子を自動的に採集する装置を長期間設置し、栄養塩や生物の連続観測を行うとともに、衛星観測を活用し、現場観測も併せて、高い生物生産を維持する仕組みと変動を明らかにします。また、魚の耳石の日周輪の分析から、魚が経験した環境と成長履歴を復元する手法を開発して、魚がどのような環境で生き残るのかを明らかにして、水産資源変動の問題に迫ります。

 

 

 

 

 

 

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全体の研究の流れを説明します。本新学術では、現場観測と数値モデリングと融合し、領域目標の達成を図ります。現場観測から、鉛直混合と海流との関係を定式化し、潮流のシミュレーションや、「観測データ同化モデル」という手法を用いて、観測データの無い場所の値を推定し、3次元の鉛直混合分布を求め、西部北太平洋での鉛直混合の実態を明らかにします。生物や化学物質の現場観測データも併せて、様々な観測データと整合的な、深層水の湧昇や熱・栄養塩の輸送を定量化し、統合データセットを構築します。それらを基に、北太平洋の深層循環や海の恵みをもたらす仕組みを定量化します。鉛直混合を18.6年周期で変動させ、気候、海洋、生態系モデルを動かし、観測で見られる長周期変動を再現し、海洋と気候の長周期変動とのつながりを明らかにします。魚の環境履歴を反映させた魚の環境応答モデルを海洋・生態系モデルから出力される環境の中で動かすことで、潮汐変動と水産資源の長周期変動とのつながりを明らかにし、水産資源の予測に道を拓きます。鉛直混合の実態を反映させた新しいモデルは、海洋中深層での熱や物質の鉛直輸送を再現できる、将来予測に使えるモデルとなります。

 

 

 

 

 

 

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期待される成果と波及効果をまとめます。本新学術では、海底の起伏と月からの潮汐力等による鉛直混合が、海洋循環を変え、豊かな海を作り、気候と水産資源の長期変動を生み出していることを証明し、海洋混合学を構築します。鉛直混合は深い海の上下方向の情報伝達を支配する最も重要な過程です。これまで観測の困難さから十分にわかっていなかった鉛直混合の実態を明らかにすることは、革命的な進歩を海洋学にもたらします。そして、海底地形が東部に比べて複雑で、生物による大きな炭酸ガス吸収がある西部北太平洋の豊かな海の中で、何が起きているのか、将来どうなるか、明らかにする研究に、海に囲まれた海洋立国日本として、今こそ取り組む時です。