研究概要
北太平洋亜熱帯循環域の北西部にあって日本列島の南から南東に広がる黒潮再循環域は、人類が石油・石炭などの化石燃料の消費や森林破壊などによって人為的に排出した二酸化炭素(CO2)を多く蓄積している海域です。しかし、この海域の生物地球化学的な循環やこれとリンクした生物生産過程は未だによく分かっておらず、謎に包まれた海域でもあります。
黒潮再循環域の表面付近では、硝酸塩などの栄養塩類が年間を通じてほぼ枯渇しています。そのため、この海域の新生産(有光層の外からの栄養塩供給による基礎生産)の大きさは、下層の栄養塩躍層から鉛直拡散によって有光層に供給される栄養塩のフラックスに支配されており、主に有光層の下部で行われていると考えられてきました。しかし、1990年代に海水中の全炭酸濃度を高い精度で測定できるようになると、この海域では、栄養塩が枯渇しているにも関わらず、夏には表面付近で全炭酸濃度が最大で40 µmol kg-1ほど顕著に低下し、同時に溶存態有機物の濃度が増えていることが分かりました。また、近年、溶存酸素センサーが実用化され、これを使って酸素濃度の鉛直分布を高い解像度で測定したところ、亜表層で夏に生成する酸素極大層が硝酸躍層とは一致せず、これより上層にあることも分かりました。これらの観測事実は、黒潮再循環域における新生産が、栄養塩躍層から上層への鉛直一次元的な栄養塩供給だけでは説明できず、なにか別の未知の生物地球化学過程が介在していることを示しています。
この研究課題では、そうした亜熱帯循環域の生物地球化学過程を解明するための基盤情報として、冬の深い鉛直混合とサブダクションによって亜熱帯モード水が形成されることで人為起源CO2や酸素や栄養塩が海洋表層から亜表層へと運ばれる黒潮続流域とその周辺域から、亜熱帯モード水の下流域にあって、亜熱帯モード水が移流しながら鉛直拡散で侵食されるとともに、有機物分解によってCO2増加、酸素消費、栄養塩再生が進んだ南西諸島近海までを広く対象として、炭酸系、溶存酸素濃度、栄養塩濃度などの観測データを解析し、その時間・空間変動場を明らかにしてゆきます。解析には、気象庁が東経137度線、房総半島沖、南西諸島近海などで行ってきた炭酸系を含む生物地球化学と物理のデータのほか、この研究の期間に実施する白鳳丸の航海で新たに取得するデータや、水中グライダーを使って取得する高い鉛直・水平解像度の溶存酸素や海洋物理のデータを使用します。
研究代表者:
石井雅男
気象庁 気象研究所 海洋・地球化学研究部第三研究室 室長 海洋化学 [総括・生物地球化学解析]
http://www.mri-jma.go.jp/Dep/oc/index.html
連携研究者:
笹野大輔 同 研究官 海洋化学 [生物地球化学観測・解析、グライダー観測]
小杉如央 同 研究官 海洋化学 [生物地球化学観測・解析、グライダー観測]
遠山勝也 同 研究官 海洋物理学 [物理解析、グライダー観測]
大森裕子 筑波大学生命環境科学研究科 助教 海洋生態学・生物地球化学 [有機物観測]
研究協力者:
中野俊也 気象庁地球環境・海洋部海洋気象課海洋環境解析センター 所長 海洋物理学 [気象庁観測データの解析協力]
増田真次 気象庁地球環境・海洋部海洋気象課海洋環境解析センター 調査官 海洋化学 [気象庁観測データの解析協力]
飯田洋介 気象庁地球環境・海洋部海洋気象課海洋環境解析センター 技術主任 海洋化学 [気象庁観測データプロダクトの作成・解析協力]
小嶋 惇 気象庁地球環境・海洋部海洋気象課海洋環境解析センター 技術主任 海洋物理学 [気象庁観測データプロダクトの作成・解析協力]
小野 恒 気象庁地球環境・海洋部海洋気象課 係官 地球物理学 [気象庁炭酸系観測・解析協力]